「黄昏の殺人」(佐藤春夫)

横溝作品の耽美的要素と乱歩の猟奇性

「黄昏の殺人」(佐藤春夫)
(「夢を築く人々」)ちくま文庫

芸術家・朝吹が
妻・イレエヌを刺し殺した。
気が違ったとしか
思えない事件であった。
彼の屋敷の管理を任された
友人・伊上のもとへ、
ある娘が尋ねてくる。
それは朝吹がイレエヌを刺す直前、
凶器となった剣を
届けに来た娘であった…。

純文学作家の中でも、
佐藤春夫は分厚い文庫本が
一冊できあがるくらい
ミステリーを書いています。
「怪奇探偵小説名作選」と
名づけられた本書、
その多くが現代の物差しでは
ミステリーとはいいかねる
作品なのですが、
本作品は横溝や乱歩に匹敵するような
怪しげな雰囲気を漂わせています。

朝吹の妻・イレエヌは嫉妬深く、
夫の外出にも目を光らせ、
一緒について行くことが
多かったというのです。
傍目には仲睦まじく映った夫婦の
真実の姿が少しずつ明らかになります。

殺人の動機を探る探偵ものかと思いきや
展開は変わります。
その娘と伊上が結婚し、
二年経った後へと舞台は移ります。

朝吹がイレエヌと諍いを起こしたのは、
自分の妻(美術商の娘)が、
かつて美術品である剣を
朝吹のもとへ納入した際、
彼が娘に一目惚れしたのが
原因ではないかと考えはじめるのです。
そのふとした思いつきは
やがて彼の頭を離れず、
妄想へと突き進みます。
ついには第2の事件へと発展し…。

同じ屋敷の中で、
二組の夫婦がパートナーを
殺害するという展開、
その動機がどちらも一方の
狂気じみた嫉妬心が
原因であるという殺人動機、
その嫉妬の相手が
共通しているという人物配置、
そして結果的に凶器となったのは
美術品という設定の妙。
横溝作品の耽美的要素と
乱歩の猟奇性が
ほどよく混交された希有の逸品です。

それにしても佐藤春夫は
なぜ創作のジャンルを
一つに絞らなかったのか?
推理小説を書き続けていれば、
乱歩・横溝に並ぶ
明治生まれの探偵小説作家として
今以上に名を残していたのでは
ないかと思われます。
純文学を書き、詩を書き、
幻想小説を書き、SF作品も書き、
あらゆる分野に
器用に作品を書き分けたのが
時間とともに忘れ去られる
一因になったものと思われます。

本書は2002年に
ちくま文庫から出版されましたが、
早々と絶版。
現在中古本を
高値で求めるしかありません。
佐藤春夫の再評価が進み、
作品がもっと一般に
知られるようになることを
願っています。

(2019.5.4)

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